本文へスキップ

コラム「またまた・鳴小小一碗茶」report

2017年11月15日

中国茶の日本茶化は、進行中か?

――「金果毛尖」で感じた「おいしさ」と変化


「金果毛尖」というお茶を飲んだ。
 今年もらったお茶である。いつ、誰からもらったのか、どう考えても思い出せない。もらったものであるのが確かなのは、きちっと缶に入っていること。3缶あること。
 自分で買ったなら、まず缶はない。そして、パッケージは一つである。

 このお茶、初めて飲むお茶である。古くからの文献をみても、この名前のお茶は見当たらない。「金果」は、企業名であり、ブランド名である。
 企業設立は、1998年。ここのお茶は、1999年の第二回中国国際茶博覧交易会で賞をもらった、とホームページにあるので、本当は知っていなければならない。この頃、交易会の顧問を頼まれてやっていたので、色々の情報は入ってきていたし、コンテストの結果も、当然知っていたので、記憶になければならなかった。

 ふつうは、ただ飲んだだけで、それで終わっているが、このお茶の背景を調べようと思ったのは、「おいしい」からである。しかも、中国緑茶の変化が、ついにここまで来たか、と思ったからである。

 柔らかで、澄んで、清らかなお茶に、いれることができるお茶。
 炒りの製法で使われていながら、日本茶に非常に近い、味、香りである。

 このお茶の産地は、湖北省巴東県。広い行政地域でいえば、恩施市の中にある。巴東県の中に、村よりも小さな行政区分で、金果坪郷という場所が、地図上では見つかる。地名で見つけようとすると、この地名までいきつく。

「恩施」といえば、「恩施玉露」がすぐ浮かぶ。中国でいえば、明代までの殺青(酸化(発酵)を止める工程。熱を加える)の方法は、「蒸す」やり方がとられていた。それ以降、現在まで、その古いやり方は、このお茶を除いては、ほぼ見ることはなく、「炒る」やり方が、とられている。
 日本のお茶の殺青は、中国の古いやり方がそのまま残った。
「玉露」の名前がつくことから、日本でも馴染みがある中国緑茶の一つになっている。
 このお茶メーカーでも、「恩施玉露」を作って売っていることは、ホームページを見るとわかる。

「おいしい」と思う一方で、中国緑茶の変化がここまで来たか、と思えたのは、中国緑茶の日本茶化といっても良いかもしれない。お茶の嗜好が、日本茶のように旨みを意識した方向へ向いてきているのだ。

 お茶の味、香りの変化は、食生活の変化に直結しているように思える。
 中国緑茶は、100度のお湯で、香りを優先させて飲むように作られているし、そういう飲み方が好まれ、定着していた。
 それゆえ、1996年に最初の本をまとめる時に、お茶の種類別のいれ方の説明で、本来の中国風ではお湯の温度は100度と書くべきところを、変えて書いた。中国緑茶を日本人がより飲みやすいように、「旨み」を感じてもらうために60度から70度でいれることを勧めた。

 とはいいながら、現実の中国では、列車の中で、女性の車掌さんが、大きなヤカンを抱えて、「触るな!」と人に気遣いながら、席の人たちの茶葉の入ったコップにお茶を注いで歩いていたように、そのお湯も沸騰した熱々のお湯だった。そういう時代、嗜好だった。

 そんな中国茶のいれ方の変化を感じとったのは、1998年くらいだったと思う。
 中国茶のメッカ、浙江省杭州で、お茶の大家たちが言い始めた。「龍井茶は、80〜85度くらいでいれた方がおいしい」と。香りだけではなく、旨みへの傾斜である。
 当時の杭州は、中国の大都市で起き始めた、地元料理の広東料理化への変化をいち早く受け入れた場所でもあった。広東料理を超えて、魚やエビ、貝類の刺身やシャブシャブを、新奇な感覚で受け入れていたことに、食生活の変化の象徴を感じた。
 脂質の少ない料理への志向が、お茶のいれ方への変化に連動していると思えた。

 そういった中国の食生活の変化が、その後の中国茶の変化を作っていった。
 その食生活の変化の中には、豊かさの実現もあると思える。料理の油の使い回しが減った、使われる油の量が減った。要するに、「脂っこさ」が、和らぐ方向へシフトした。
 以前は、「脂っこさ」を感じる料理のところのお茶は、緑茶であっても、スモーキーな加工のお茶であった。
 ここ20年で、スモーキーな中国緑茶は、確実にスモーキーではなくなっているし、中には、スモーキーではない加工に変わったものもある。

 黄茶が、緑茶化を始めたのも、ほぼ20年前である。
 色々のお茶で、食生活の変化と歩調を一緒にするように、変化が始まり、中国茶の専門の方々は、表現を嫌うかもしれないが、日本茶化が進んで来た。日本人の嗜好からいくと、益々中国緑茶が身近な方向に向かっている、といえるので、我々が「おいしい」と思える、感じるお茶が増えている。
 その中で、ただ一つ、遠のいていっていると気づくお茶がある。
 武夷岩茶である。
 この変化は、岩茶にとっての危機である、と私は思うが、この変化と危機については、次回に考えることにしたい。

 ともかく、「金果毛尖」は、中国緑茶嫌いの日本人の人にも、さほどの違和感なく、「おいしく」飲めるお茶である。
 もう一歩進んで、「好きな中国茶」にも挙げることの可能性ももつ。
「おいしさ」、「親しみやすさ」を感じるお茶である。

「Tombolo」の「山のケーキ」の写真 今回の「いっぴん」は、季節のお菓子、「栗蒸し」である。
 写真にあるように、ふつうの栗蒸しとは見た目が違う。栗蒸しの上に、蒸しパン状のものが載っている。
 最初に食べて、そのマッチングの絶妙さも含め、「おいしさ」に驚いた。
 不満を感じる栗蒸しは、餡がこし餡をすごく薄めにしたような栗蒸しだ。私は、この蒸した餡の状態が、どうも苦手である。私の栗蒸しの餡は、ある濃さが必要である。
 最初にこの栗蒸しは、どうして知ったか、忘れてしまった。誰かが紹介してくれたと思う。今から20年以上前である。
 それ以来、毎シーズン、必ず食べている。
 京都・三条木屋町「月餅家」。11月だけに作られる。「ゲッペイ」ではなく、「つきもち」で読む。200年以上続く老舗である。
 入手が難しい。日持ちも、2日程度だし、送ることができない。蒸しパン部分が壊れてしまう。
 京都のお店で、直接入手しかないが、当日分が早い時間に売り切れることも多いので、取り置きを頼むのが確実である。

またまた・鳴小小一碗茶 目次一覧へ