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コラム「またまた・鳴小小一碗茶」report

2018年6月1日

昨シーズンに思い出に残るお茶は……

――黄茶の復活茶、白茶・紅茶の老茶


 新茶もぞくぞく届く中、昨年のシーズンを振り返って、印象に残るお茶を考えてみた。
 
 このコラムでも取り上げた、黄茶「平陽黄湯」(浙江省温州・平陽)は、おいしいお茶に出会った。数年前に復活したお茶で、以前は「温州黄湯」と呼ばれていたお茶だ。
 戦争などで、生産が一度途切れて、中国建国後復活してきたお茶は、数多くあるが、温州黄湯の場合は、10年ほど前までは、見ることができたように思う。

 復活は、ただの復活ではなかった。「よりおいしく」なっての復活で、驚いた。温州黄湯も、他の黄茶よりは、好きなお茶であったが、それより、ずっとおいしく感じた。
 ただ、値段が驚くほど高いお茶で、買うのをためらうくらいだが、今年のものも、それを察してか、届けてくれる人があり、また新たな興味で飲むのが楽しみである。

 同じように、探し求めて現地に赴き、探し当てて届けてくれたお茶が、その方の気持ちも含めて、おいしかった。いつかこのコラムでも書いた。
「四明十二雷」(浙江省余桃)である。このお茶を求めて余桃にいった旅の思い出もあった。その時、すでに旧来の工場ではこの名前では作られていなかった。その頃から、この名前のお茶は、どこを探しても見つからず、なくなったものと思っていた。
 それを、余桃の現地まで訪ねて、探し求めて、この名前のお茶を入手して、届けてくれた。

 その探究心と行動力に敬意を表する。このコラムで以前に、同じお茶の名称が変わっていくことを書いた時、このお茶に触れたのを見て、探す気になった、ということであった。
 そして届けてくれた気持ちに、感謝した。温かな、ぬくもりのお茶であった。十数年ぶりの再会であった。

 昨年飲んだお茶の中で、老茶、陳茶のことをはずすことはできない。
 必要があって、手元の古いお茶の探し物をしていたら、いくつもの古いお茶が出てきた。劣化して飲めなくなるお茶は、たいてい作られた年か一年半くらいたって、捨てている。
 一方、古く置いて大丈夫なお茶、あるいは、古く置くことによって、違った魅力を持つお茶は、捨てないでおくようにしてあった。

 目的の探し物ではなく見つかったお茶は、なぜか2000年、2001年あたりのお茶が多かった。ちょうど、サロンを始めて5、6年たったころで、中国のお茶関係者と盛んに行き来をし、お茶を今に比べたら量としてもたくさん入手していた時期である。

 その中でも、飲んで思わずうなってしまうほどのおいしい、あるいは魅力を放ってくれたお茶がいくつかある。
「白毫銀針」「白牡丹」「壽眉」の2001年のお茶。とくに「白牡丹」は、甘い、上品な香りを放す、奥行きのあるお茶に変身していた。

 白茶が、老茶になるとおいしい、というのは、今でこそ多くの人が知るところになったが、じつは、中国のお茶屋さんの中で、これらの白茶を扱う人たちは、15年ほど前から言っていた。彼らは、実際に売れ残ったお茶を、意図的に老茶になるのではなく、老茶になってしまって、飲んでいた。
 そんな白茶の老茶を、茶餅などに圧縮して製品化を始めたのは、プーアル茶が二度目の全国ブームに入った頃、福建省福鼎のお茶工場がプーアル茶を真似て、高値で売れるのではないか、と作り始めたのが、今小さなブームになっているスタートである。

 消費者には見向きもされなかった、白茶の古いお茶。捨てられる運命は、こうして立派な商品として、今の地位が築かれた。
 そんな時代がのちにスタートするなど予想もしなかった時代。1995年くらいに買った白茶が、5年くらいして、別のおいしさがあることを体験していたので、2001年のお茶は、捨てずに残っていた。

 同じく見つかった優れものの老茶は、「正山小種」の2000年のお茶である。紅茶の老茶だ。
 これが捨てられなかった理由は、この紅茶が、イギリスからの注文で、今ある薬の香りがする「正山小種」に変身する前の製法で復活した、最初のお茶であるから、捨てられなかった。
 1999年の夏近く。例年どおり、「大紅袍」の母の木から作られたお茶を引き取るため、武夷山に行った時の話に遡る。
 ちょうど武夷山茶葉研究所の所長をやっていた王さんと、話をしていて、「正山小種」の話題になった。質問した。
「武夷山の人も、あの薬くさく感じるお茶を、おいしいと思って飲んでいるのか?」と聞いた。
答えは、
「あれはイギリスからの注文で、あの香り、味になった。あまり好みではない。それ以前の正山小種は、それほど薬くさくなかった。おいしい紅茶だよ。」
追いかけるように聞いた。
「じゃあ、もう古い形のものは、作れない?」
「いや、作れるよ。桐木(正山小種の生産地)の工場長は、研究所の部下だった人なので、聞いてみる。」
「できるようだったら、来年来る時に作っておいてください。」

 といったやり取りから、百数十年の歳月を戻して、復活した「正山小種」だ。
 飲んでみると、しっかり香りも残り、お茶としてもまろやかなやさしさがあって、「健在」であった。
 紅茶は、経年に強い。いまだに私は、2005年くらいの「坦洋工夫」を、手元に置きながら、何かあると飲んでいる。安い紅茶だ。一斤数十元だった気がする。行きつけのお茶屋さんは、まだその時のストックを持っていて、私が聞くと、開き戸棚の中から出してくる。

 老茶、陳茶は、黒茶の専売特許ではない。白茶、紅茶は、私で実証済みである。ぜひ、残った茶葉があっても、諦めて捨てることはせず、十年後くらいに飲んでみて欲しい。いろいろの思い出とともに、おいしい世界が蘇ってくる。

五勝手屋羊羹の写真 今回の「いっぴん」は、「棗」である。
 写真の袋から、上海に詳しい人は、すぐわかる。街中に結構みかける、袋菓子の量り売り屋さん「来伊份」で売られている。
「脆冬棗 Crisp Jujube」。「棗」の種をくり抜き、揚げたお菓子である。原料表示を見ると、「冬棗」と「植物油」のみである。油で、カラカラに揚げてあるので、口に含むと少しシュワっとする。それゆえ、「crisp」で表現されているのだろう。

 秋から冬にかけて、店頭に並ぶが、人気商品のせいか、季節品の制約か、春先には店頭から姿を消す。次のシーズンまで待つことになる。しょっちゅう中国へ行くわけでもないので、たまたま何店かで、品切れを体験しているのかもしれないが。

 この数年、この「シュワ棗」にはまっている。さりげなくおいしく、あとを引く。
 店は、上海ではよくみかけるので、移動の中で、店を見たら、飛び込んでみるとよい。他にもおいしそうなものがたくさん並んでいて、楽しい。

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