2015年1月15日
いつもは12月下旬の年内に、台湾に冬茶を取りに行っていた。
今シーズンの冬茶は、日程調整がつかず、新年になってから引き取ることになった。
数年前から大陸から押し寄せる人たちによって、「高い」(良いお茶へのこだわりではなく、値段が「高い」ことが良いお茶だと思うらしい。良いお茶は、値段が高いお茶が多いので、やっかいなことになる)お茶が、買い占められ、持ち去られてしまうので、12月の半ばには、なくなってしまうことが、ここ数年起きている。
ともかく飲まないで買うリスクはあるものの、今シーズンは、最低量、数種類を取り置きしてもらうことを12月早々には頼んで、1月初めに台湾を訪ねた。
そんな台北で、お茶の「数奇な運命」に、また出会った。
ロシアから上海へ、そして台北に来たお茶。
ふつうなら、印象にも残らないことなのに、思わずこのお茶の、台北に来るまでのたどった道を知りたくなるほど、極上の「紅茶」に出会った。
今まで飲んだ、同じ名前のお茶のどれよりも、飛び切りにおいしかった。
エレガントな貴婦人を想像させる、趣きがあった。台湾の別称、ポルトガル語に由来する「フォルモサ(麗しい)」に、ぴったりの感じすらした。
これなら、また飲みに来たい。失礼ながら、台北にある茶藝館に行くよりも、雰囲気も、味も、ここの方が魅力的だとも思った。
「館」、というよりは、今となっては古い雑踏の中にある、レトロな喫茶店。
「明星珈琲館」。
一階は、同名のお菓子屋さん、パン屋さんで、二階がカフェ、レストランになっている。
一階の店の上部には、「CAFE ASTORIA CONFECTIONARY」「明星西點麺包廠」が、古い花文字で、看板に書かれている。
この珈琲館は、その歴史を1917年のロシア革命までさかのぼるという。革命から多く国外に逃れたロシア人貴族がいたことは、故郷函館にもたくさんいたし、ロシア正教会の教会もあったので、知っていた。
革命を避け、上海に逃れた人が、1920年、上海・外灘に珈琲館を開いたという。
名前を「明星珈琲館」とした。
そして、1949年。
「明星珈琲館」は、国民党と一緒に、台北に渡り、「城内」と呼ばれる今の地に店を開き、パン、お菓子を売り、珈琲館も開いたという。
蒋介石の息子・蒋経国夫妻に支援されたと聞いた。蒋経国の夫人は、ロシア人だった。
彼女の影響や希望があったのかもしれない。ロシアの風味、影響を偲ばせながら、評判店となっていったという。
そして、珈琲館は、文化人にも愛され、彼らが集うカフェとしても、一時代を築いた。
そんなパン、お菓子屋さん、カフェが、今も健在である。
ここまでだったら、ただの懐古趣味、レトロな雰囲気だけで、一度行って「観光しました」で終わってしまうのがふつうである。私も、入る前までは、そうであった。
前日。お茶屋さんで、「シフォンケーキ」をいただいた。
帰って食べてみたら、なにげなくおいしかった。ロシアのケーキだ、とお茶屋さんは説明してくれた。が、ロシアの雰囲気はあまりしないケーキだし、袋には1949年創業と書かれている。なんとなく、謎めいて、解せない。なぜ、ロシアのお菓子屋さんが、台北にあるのか。
翌日、ちょっと時間もあったので、住所を調べて行ってみた。
台北駅からもそれほど遠くない、古い市場というより、台北にある昔の商店街の雑踏の中に、店はあった。
文頭のような看板で、それほど広くはない、けれども小奇麗にした古いお菓子屋さん、パン屋さんだった。中で、お年寄りの職人さんという感じの人たちが、マシュマロなどを作っていた。
パンの他、お菓子もいろいろ売られていた。いただいたシフォンケーキもあった。
写真にある、マシュマロも、3種類の味で、「ロシアン・マシュマロ」みたいな表記で売られていた。買って食べてみたが、まずくはなかった。
ちょっと休憩しようかと思い、二階のカフェに行ってみた。
こちらは、もっとレトロな感じ。京都の珈琲館を思い出させるような雰囲気だ。
メニューを見て、「ロシアン・コーヒー」と「ロシアン・ティー」が最初に並んでいた。ロシアの関係を歴史にもつ店としては、当然なのだろう。
「甘いかもしれない」と直感的に思ったが、「ロシアン・ティー」を注文した。
過去、日本で何度もロシアン・ティーを飲んだが、どれもジャムの甘さがかって、紅茶を味わうというよりは、ジャムを薄めて飲んでいる感じがした。だから、注文しても、期待はしなかった。
まして、ロシアから出発して、上海に行き、そして台北で落ち着き、提供されるお茶である。どんな変化があってもおかしくない。むしろ、とんでもない味を覚悟していた。
たっぷりティーカップ三杯分はある、ガラスのティーポットに入って、紅茶は出てきた。
横には、小皿にみかん色のジャムが添えられていた。
まず、一杯目の紅茶をカップに注ぎ、ジャムを入れて、スプーンでかき混ぜた。いつもだと、なかなかなじんではくれないジャムが、スムースに混ざり合い、紅茶に溶け込んだ。
一口飲んで、今までの「ロシアン・ティー」の概念を超えた。
おいしい。
スムースに流れ込む液体は、甘すぎず、上品で、エレガントな感じさえ受けた。
思わず、一気に飲み干した。
二杯目も、すぐに飲みきった。
ふつうだと、量からいって、ここでいっぱいになってしまう。
でも、そのおいしさに、思わず最後の三杯目を飲むことになった。
残りのジャムを、スプーンで残さないように大切にすくい取り、紅茶に交ぜた。
台北で出会った、思いもかけない至福のロシアン・ティー。
ここまで来た道は、遠かったのか、近かったのか。
思わず、そのたどった道を、考えさせられた。
ヨーロッパに、ロシア経由で、キャラバンに揺られながら行ったお茶と、逆の方向へ来たお茶である。